星に願いを 2話




和馬が目を覚ますと時計は9時を過ぎあたりを指していた。
普段なら慌てるところだが休日のためその必要は無い。
「あれ、なんでこんなところで寝てるんだ?……ああ、なんか理帆とケンカした記憶があるな」
昨晩の出来事を思い出し、二日酔いで痛む頭を押さえながら理帆のいるであろう寝室へと向かう。
「おーい、理帆…さん。もう朝だよ、そろそろ起きないか?」
普段はお互い呼び捨てなのだが、昨日の事があるので下手に出る和馬。しかし、理帆からの返事は無い。
「ねぇ、そんなに昨日の事怒ってんの?謝るからさぁ、機嫌直してよ」
呼びかけても反応の無い理帆を見て和馬は布団に手をかけ、一気に引き剥がす。
「ほ〜ら、これで寝たふりしても無駄…だよ…ぉ?」
布団の下を見た和馬の語尾がだんだんと弱くなっていく。
それもそのはず、剥がした布団の下には理帆の姿は無く、代わりに小学生くらいの女の子が下着姿で寝ていたのだから。
「えっと…この娘はだれ?っていうか、理帆はどこに行ったんだよ」
和馬は慌てて部屋中を見回し、理帆を探す。さらには、浴室、トイレなども探したが理帆の姿は無い。
もしやと思い玄関に行ってみるがそこにはちゃんと理帆の靴が揃えられている。
靴があるということは理帆は家の中にいるはずなのだがその姿が見当たらない。
ベッドの前でうろうろしていると女の子が小さく唸って何かを探すように手を伸ばす。
布団を探しているのだと和馬が思いつき手の届く範囲に布団を置くと、予想通り布団を手繰り寄せ再び静かになる。
「はぁ、それにしてもどうしたらいいんだ?起きたら理帆はいないし、代わりに知らない女の子が寝てるし」
そのまま立っていてもどうしようもないのでベッドに座る。
すると、その時の揺れで女の子が目を覚ましたようで、焦点の定まっていない目で辺りを見回す。
「んっ……んぅ〜、……あ…おはよー」
女の子はまだ寝ぼけているのか、和馬を見つけると間延びした口調で挨拶をする。
和馬が呆気にとられていると女の子は四つん這いでベッドの端まで行くと、ベッドから降りようとしてそのまま頭から落ちてしまった。
助けに和馬が行こうとする前に女の子は「うぅ〜」と呻きながら立ち上がり、ふらふらと危ない足取りでトイレに入っていった。
「な、なんなんだ、いったい。寝ぼけてたのか?」
どうしていいのかわからず和馬がベッドの上で待っていると女の子が戻ってくる。
「あ、和馬〜、今日は起きるの早いね〜。二日酔いじゃないの?」
「え?あ、ああ。今日は軽いみたい……っつーか、君、誰?」
女の子のあまりの自然な話し方につい、理帆を相手にしている時のように話してしまう和馬。
しかし、明らかにおかしい今の状況に気付き、女の子にたずねる。
「誰って、和馬あたしのことがわからないの?」
「わからないのって、俺は小学生に知り合いはいないけど」
「誰が小学生よ、誰が。私は21歳よ」
女の子は大きく手を振りながらそう主張する。しかし、和馬の目にはどう見ても小学生にしか見えない。
「あのさ、どこにそんな小さい21歳がいるんだよ。ねぼけてるんじゃないの?」
「ね、寝ぼけてるのはそっちでしょう……え?」
女の子は声を張り上げ和馬を指差す。しかし、自分の指を見て不思議そうな表情をする。
「ん?どうかしたか」
「え?うそっ、なにこれっ、なんであたしの手こんなにちっちゃいの?」
和馬は目の前でパニックになっている女の子をみていて、すっかり冷静になってしまっていた。
(ん〜目の前でパニくられると以外に落ち着けるもんなんだな)
しばらく、女の子を眺めていたがあることを思いつき、鏡を渡してやる。
「ほらっ、俺の言ってる事がうそだと思うならそれ見て確かめな」
女の子はおとなしく鏡を受け取るとじっと角度を何度も変えながら、穴が開くのではと思うほど見つめる。
「えっ、うそっ、なによこれ。どうなってるの?」
女の子は自分の体を見下ろし、体のいろんなところを触っている。
「あ〜、とにかくいったん落ち着こう。ジュース上げるからこっちおいで」
とりあえず、女の子を落ち着かせないと話が進まないので、和馬は女の子をテーブルへと案内した。

「どう?少しは落ち着いた?」
「…うん、ねぇ、ほんとにわたしのことわからないの?」
女の子はとりあえず落ち着いたようだが、言っていることは変わりなかった。
「君は俺のこと知ってるみたいだけど、俺は君の事知らないよ。自己紹介してくれる?」
努めてやさしい口調で和馬が頼むと、女の子は一呼吸置いてからはっきりと
「櫻理帆。21歳だよ」
と言い切る。和馬はその答えに少し固まった後
「えっと、俺の彼女の名前と一緒なのは何かの偶然?」
「偶然じゃないっ、わたしはほんとに理帆で和馬の彼女なのっ。信じてよぉ」
女の子はそう言って泣きそうな表情になる。和馬はしばらく考えた後に口を開く。
「それじゃあ、聞くけどさ、俺の誕生日はいつ?理帆ならわかるはずだよな」
「9月11日」
女の子は和馬が言い終わると同時に即答してきた。しかも答えはあっていた。
「じゃあ、付き合うときに先に告白したのはどっち?」
「わたし」
またも即答。誕生日ならまぐれもありえるが、二つ目の質問は二人でなければ答えられない。
「他にもいっぱいわかるよ。たとえば、初めてデートで行った場所でしょ、それから初めてエッチした日も覚えてるよ」
女の子はそう言って和馬の目をじっと見つめる。その仕草は、言い争いになったときに理帆がしてくるものだった。
「わかった、まだちょっと信じられないけど本当に理帆みたいだな。」
「うんっ、そうだよ。やっとわかってくれたんだ」
理帆はやっと自分だということに気付いてもらえ、心底安心したようで、笑顔が絶えない。
「それはそうと、どうしてそんな体になったんだ?なんか悪いもんでも食った?」
「ううん、それは無いと思う。昨日から和馬と同じものしか食べてないもん。ていうかさすがに食べ物でここまで小さくはならないと思うよ」
理帆はしばらく考えてそう言う。その言葉に和馬がまじめに頷くのを見て思わず笑ってしまう。
「そ、そうだよな。よく考えればありえないよなぁ」
と言ってから理帆を上から下まで眺めて
「でも、ありえてるんだよなぁ。いったい何がどうなってるんだか」
とため息混じりにつぶやく。無論それは理帆にとっても同じことで理帆も同じようにため息をつく。
「ねぇねぇ、お医者さん行ったほうがいいのかな?」
「いや、んなとこ行っても何にもならないって。まあ落ち着け」
理帆はまだ少し動揺してるのか訳の分からない事を言い出す。
和馬がこれからどうしようか考えながら理帆を見るとなんとなく様子がおかしい。
「理帆?どうかしたか?」
和馬が声をかけると理帆は少し震えながら
「ん、ちょっとトイレ行ってくるね」
と言って椅子から降りる。しかし、2,3歩歩いたところで転んでしまう。
「ちょっ、理帆だいじょうぶか?」
「う、うん。へーき、へーき…あっ」
理帆が小さく叫ぶのと同時に部屋の中に水の流れるような音が響く。
「おい、理帆どうし…」
「きちゃだめっ」
理帆の様子を変に思った和馬が近づこうとするが理帆の声に立ち止まる。
和馬が立ち尽くしていると、理帆が座り込んでいる周りの床に水溜りが広がっていく。
「あっ、やだっ」
理帆はそれを隠そうと体で覆うが水溜りの広がりを抑えることはできない。
和馬も水溜りの原因にやっと気付き理帆を水溜りから抱き起こす。
「理帆?だいじょうぶか」
「和馬ぁ…ひっく、っく、うああぁぁぁっ」
理帆は和馬に抱かれたまま声を上げて泣き出してしまう。
和馬はどうすることもできず、ただ理帆を抱いていることしかできなかった。

「どう?少しはおちついた?」
「うん、ありがと、和馬」
和馬から渡されたコーヒーを受け取りながら理帆は頷く。
「ああ、ちょっと待って」
コーヒーを飲もうとする理帆を手で制してカップを取り上げる。
一方理帆はどうしてカップを取り上げられたのか分からず、きょとんとしている。
「こうしないと手が動かしにくいにくいだろ?」
そう言って和馬は理帆の着ているシャツの袖を何重にも折っていく。
「あ、そうだね。このままじゃ汚れちゃうもんね」
和馬が袖を折っていくのを見ながら理帆が小さく笑う。
「そんな格好で寒くない?」
「ううん、大丈夫だよ。ほかほかしててちょうどいい」
先程、水溜りを体で覆った時に、理帆の着ていた服も理帆自身も濡れてしまったためシャワーを浴びてきたところだった。
そのため着る服の無くなった理帆は現在和馬のシャツ一枚の格好だったりする。
「でも、パンツが無いからちょっと心細いかな?スースーするの」
「さすがに俺のパンツ穿くわけにもいかないしな、乾くまで我慢してくれ」
和馬はそんな風に冗談を言いながらさっきの出来事のことを聞くタイミングをうかがっていた。
「・・・・・・さっきね、我慢しようと思ったのに出来なかったの」
和馬が言葉を発しようとした瞬間、理帆が口を開く。
「転んだ瞬間漏れ出しちゃって、手で抑えたけどそれでもだめで・・・」
理帆が淡々と告白していく中、和馬はただ聞くことしか出来ずにいる。理帆はさらに続ける。
「さっきシャワー浴びたときね、鏡見たら小学生の時みたいな体になってるし・・・どうしたらいいんだろう」
理帆はシャツの裾を握り締め、泣きだしてしまう。
和馬はどう声をかけていいか分からずただ理帆を抱きしめてやることしかできない。
「…大丈夫、何があっても理帆は俺が守るから」
「和馬…うん、和馬がいるなら大丈夫だね。……くちゅっ」
「理帆?寒いのか?」
「うん、ちょこっとだけ」
理帆はそう言って、親指と人差し指で隙間を作って笑ってみせる。
「それじゃあ風邪を引かないうちに着替えようか」
「でも、和馬着るものは何にもないよ?」
和馬はそう言われて理帆の服が洗濯中なのを思い出した。
「あ、そうだったな……。それじゃあ買いに行こうか」
「う、うん。…でも、そこまで何着ていけばいいの?」
和馬の提案に理帆が口を挟む。しかし和馬は気にした様子も無く
「大丈夫、何とかなるって」
と言い切る。理帆はこうなった和馬が言っても聞かないことを知っているので、諦めの溜め息をつくのだった。


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