Days〜二人の日常〜 2話




「ねぇ、起きてよ〜」
早朝の水島家のリビング。カッターシャツ姿の唯がソファで寝ている拓を起こそうと必死で叫んでいる。
しかし、拓が起きる気配は全く無い。
「兄さん起きてよ〜。早くしないと遅刻しちゃうよ」
唯はそう言いながら拓の体を揺するが効果は無い。
「も〜、兄さん寝起き悪すぎだよ〜。しょうがないなぁ・・・」
唯はそう言うと、仕方なさそうに拓が掛けている毛布を剥ぎ取る。しかし、それでも拓は起きようとしない。
「ん〜どうしよっかな、普通にやっても起きそうに無いし。でも、起こさないわけにもいかないし・・・」
唯は腕を組み、拓を見ながら考え込む。やがて、何か考えついたのか拓の顔に自分の顔を近づけていく。
「・・・しょうがないよね、もうこれしか方法がないし・・・」
唯は小声でそうつぶやくと目を閉じ、息を大きく吸い込む。
「・・・おっきろ〜!!、ち・こ・く・す・る・よ〜!」
唯は拓の耳元で部屋中に響くような大声を出す。拓はその声に驚き、ソファから転げ落ちる。
「ゆ・・い?」
拓は自分がなぜ床で寝ているのかわからないといった感じで唯を見上げている。唯はそんな拓を見下ろして微笑を浮かべる。
「おはよう、兄さん。目は覚めましたか?」
「・・・ああ、おはよう。・・今何時だ?」
拓は軽く伸びをしながら唯に聞く。唯は時計を見て
「えっとね・・・8時15分だよ」
と文字盤を読む。拓はそれを聞いて飛び上がり、大慌てで自分の部屋に駆け込む。
「なんでもっと早く起こしてくれなかったんだよ」
拓は部屋で制服に着替えながら唯に文句を言う。するとリビングから
「あっ、ひっど〜い。わたし何回も起こしたんだよ、兄さんが起きないのが悪いんでしょ」
と、唯に怒鳴り返されてしまう。拓はそれ以上言い返せずカバンを持って部屋を出る。
「ねぇ、朝ご飯どうするの?食べてる時間ないんでしょ?」
拓は部屋から出るなり唯にそう聞かれる。拓は少し考えたあと
「ああ、そうだな、途中でコンビニによれればいいんだけどな」
拓は玄関に向かいながらそう答える。唯は拓の言葉を聞いて台所に向かう。
「それじゃあ唯、行ってくるからな」
拓はそう言って学校に行こうとする。すると唯がパタパタと走ってくる。
「あの、兄さん、よかったらこれ食べて」
唯はそう言って小さな包みを差し出す。拓は包みを受け取って
「ああ、ありがと。中身・・・おにぎりか?」
と聞く。唯は頷いて
「うん、そうだよ。兄さんがなかなか起きてこないから一応作っといたの」
「そっか、ありがとな。それじゃ行って来るけど、くれぐれもそのかっこうで外に出るなよ。なんかあったら携帯に電話しろよ。それじゃ」
「もう、このかっこうで外に出るわけないでしょ、そんなの言われなくても分かってます。いってらっしゃい」
走っていく拓に文句を言いながら手を振り見送る。
「さてと、わたしも朝ご飯にしようかな」
唯はドアを閉め台所に向かう。
「・・・兄さんってどうゆう食生活してたんだろ。ほとんど飲み物ってねぇ・・・」
唯は冷蔵庫の中を見て思わずつぶやいてしまう。冷蔵庫の中には、食材はほとんど無くジュースなどのボトルが数本入っているだけである。
唯が台所を見回すと山のようなインスタント食品が目に付く。
「・・・なに、このインスタント食品の山。こんなのばっかり食べててよく体壊さないわね兄さん。 ・・・とりあえずご飯はあるから、カレーでも食べよっかな。兄さん帰ってきたら買い物に行かなくちゃ」
唯はそう言いながらカレーのパックを鍋に入れ火にかける。
「そう言えば、兄さん学校間に合ったのかな?」


「あーヤバかった。あと一分遅かったらアウトだったぜ」
拓はホームルームが終わり、ざわつき始めた教室で一人荒く息をしながらイスに体を預けている。
「なんだよ、拓。今日は珍しく遅かったじゃないか、寝坊か?」
拓が呼吸を整えているとクラスメイトが二、三人寄ってくる。
「まーな、昨日から色々忙しくてな」
「忙しいって、お前一人だろ、なにやってたんだよ」
「ほんとになんでもねーよ。部屋の掃除とか色々だよ」
「拓が掃除ねぇ、彼女でもできたか?」
とクラスメイトは笑いながら聞いてくる。拓は平静を装って
「バ〜カ、違うよ。マジで汚くなってきたから仕方なくだよ」
拓は言いながら急に空腹感を感じ
「なぁ、なんか食べるもんもってないか?朝飯食ってないんだよ」
と聞く。しかしクラスメイトは
「悪いけど、なんも持ってねぇな。買って来るって言っても、もう時間ないしな。がまんしろって」
と口々に答える。拓は仕方なくカバンの中から教科書を取り出そうとして唯が渡してくれた包みの事を思い出す。
「あっそう言えば・・・唯がおにぎり作って・・・」
拓は包みをカバンから出そうとして手を止める。
(よく考えたら、朝飯食ってないって言ったのに、おにぎりなんて出したら絶対怪しまれるよな・・・授業中にこっそりと食うかな)
拓は一人つぶやいて包みをカバンの中に戻す。
「拓?何一人でブツブツ言ってんだ、気味悪いぞ」
さっきから独り言を言っている拓をクラスメイトたちが不気味そうに見ている。
「ん?ああ、なんでもねぇよ。それより一限目って何だっけ」
拓はそれ以上聞かれないようにさりげなく話題を変える。
「えっとな・・・数学だな」
クラスメイトは拓に聞かれそう答えると準備をするため席へ戻っていく。
「ふう、なんとかやり過ごせたか。気を付けてないとうっかり言っちゃいそうだな。油断しないようにしないとな。・・・唯、どうしてるかな?」
拓は危機が去った事に安心しながら、家に居る唯の事を考える。


「ん・・・はぁ・・・ふぅ・・」
唯が壁にもたれかかりながら、荒くなった息を整えている。
「やっぱり、兄さんが帰ってからしてもらえば良かったなぁ。でも、まあほとんど終わったし最後の一個やっちゃおっかな」
唯はそう言って壁から離れると、リビングの隅に一個残ったダンボール箱の前に立つ。
「えっと中身は・・・夏物の服かぁ。そんなに重くないかな?」
唯は自分で書いたであろう文字を見て一人つぶやくとダンボール箱を持ち上げる。
「んっ・・・よいしょっ・・やっぱり・・・そんなに・・・軽くないや・・」
唯はそう言いながらフラフラと2、3歩よろめきながら自分の部屋へとダンボール箱を運んでいく。
「ふぅ、やっと全部運べたよ〜。もう11時かぁ、ずいぶん時間かかっちゃったなぁ」
唯は床にダンボール箱を置くと自分もへなへなと床に座り込み時計を見る。
「あ、そういえばお義父さんとお義母さん何時ごろ来るんだろう。まだ連絡ないし。それに昨日頼んだ荷物も確か午前中には届けに来るって言ってたし、それまでに少しは荷物片付けとかないとなぁ」
唯はそう言うと立ち上がりリビングに向かう。
「はぁ、疲れた。やっぱり昨日兄さんに少しでも運んでもらえば良かったな。」
唯はジュースを飲みながらつぶやく。すると、突然チャイムが鳴り男の声が響く。
「水島さーんお届け物で〜す」
唯はその声にコップを置き
「はーい、今行きま〜す」
そう言いながら唯は玄関に向かいドアを開ける。
「水島様ですね。昨日頼まれましたベッドその他をお届けに来ました。これにサインかハンコを」
宅配員はそう言って紙を差し出す。唯はサインをしながら遠慮がちにたずねる。
「あのー、中まで運んでもらえますか?今、わたし一人なので」
すると宅配員は微笑を浮かべながら
「ええ、いいですよ。それに、あらかじめ頼まれてましたから」
唯はその言葉を聞き少し驚いていたが、それが拓の頼みだと気付き、笑いながら紙を差し出し
「それじゃあ、お願いしますね。わたしも手伝いましょうか?」
唯は手伝いをしようとするが
「いえ、大丈夫ですよ。もう一人連れて来てますから。場所だけ指示してもらえればいいですよ。それに荷物が重いですから」
と止められてしまう。
「そうですね。それじゃあ、ベッドは奥の部屋へ、あとの物はリビングに運んでもらえれば後はやれますから」
その唯の指示に「わかりました」と答えて荷物を運び始める。唯は邪魔にならないようソファに座りどこか楽しそうにその様子を眺めている。
数分後、荷物をすべて運び終えたのか宅配員が玄関で唯に
「お買い上げになられた商品はすべて運び終えましたので。ありがとうございました」
と、頭を下げると宅配員は帰って行った。
「ふぅ、これであとはお義父さんたちが来るのを待つだけね。何してようかな」
唯はリビングに戻るとソファに座りテレビを見ながら何をしようか考えている。
「ん〜、11時半過ぎかぁ、ご飯にするにはまだ早いし、片付けするにはちょっと半端な時間だしなぁ。どうしようかな?」
唯が時計とにらみ合いながらブツブツ言っていると電話が鳴る。
「あ、電話」
唯は時計とのにらみ合いを中断して電話に向かう。
「はい、水島です」
「ああ、唯か?私だ」
「あ、お義父さん。こっちには何時ごろに着かれるんですか?」
「唯、私たちは親子なんだから敬語は使うなと言ったろ」
「あっ、ごめんなさい」
「まあいい。それよりな、飛行機が一便遅れてな今学校に向かってはいるがなんせ時間が無いものでな、家に寄る時間は無さそうなんだ。それでだ唯、学校までの道はわかるか?」
「え、あっはい。昨日兄さんに場所は教えてもらってますから大丈夫だと思うけど」v 「そうか、それならな、1時半ぐらいに学校に着けると思うから学校まで行っといてくれるか?」
「ええ、大丈夫です。1時半ぐらいですね。わかりました」
「ああ、それじゃあな」
そう伝えると父親は電話を切る。唯は受話器を置くとソファに座りため息をつく。
「はぁ・・・確か学校までは歩いて20分って昨日兄さんが言ってたから、少し早めに家を出ればいいかな。ご飯の準備しなくちゃ・・・って言ってもインスタント物しかなかったわねそういえば」
唯は朝食の事を思い出し、まため息をつきながらヤカンを火にかける。
「そう言えば、兄さんお弁当持っていって無いみたいだけど、どうしてるのかな?」
唯はお湯が沸くのを待ちながらそんなことを考える


「おいっ拓起きろよ、飯食いに行くぞ」
「ん、ああ、授業終わったか?」
寝ていた拓はクラスメイトの松田と神谷に起こされ、あくびをしながら教室を見回す。
「あのなー拓、時計見てみろよ。授業が終わってもう5分以上経ってるんだぞ?みんなとっくに飯食いに中庭か食堂に行っちまったよ」
神谷は肩を落としため息をつきながら答える。拓は伸びをしながら立ち上がると
「そっか、んじゃ行くか。どうせ今日も食堂だろ」
と、二人に確認しながら歩き出す。二人も頷き拓の後を歩き出す。


「なぁ拓、なんかいい事あったか?」
三人並んで歩いていると急に松田が聞いてくる。
「あ?別に。何でそんな事聞くんだ?」
拓は訝しげに松田に聞き返す。すると神谷も
「あっそれは俺も思ってた。なんか今日の拓さ〜顔がにやけてるぜ?絶対なんかあったろ?」
とからんでくる。拓は少し焦りながらも
「なっ、ほんとに何もねえって。お前ら考えすぎじゃないのか?」
言いながら拓は無意識に表情を引き締めてしまう。
「ふ〜ん、まあいいや。それよりよ、どう見ても座れる状況じゃないぜ。どうする?」
神谷が食堂の方を見ながら二人に言う。確かに食堂の入り口には長蛇の列が出来ている。
「相変わらず多いな、どうする?購買で買って外で食うか?」
拓は中庭の方を示しながら二人に訊ねる。すると松田が
「そうだな、並んでたら昼休み終わっちまうしな。しゃーないそうするか、神谷もいいか?」
と神谷に聞く。神谷は「おう」と短く答えると購買に向かって歩き出す。
「それじゃあ、俺は先に中庭に行って場所取ってるから」
「ああ、いつものでいいだろ?」
歩き出した拓は松田の問に「ああ」と答えて中庭に出て行く


「しっかし暑いな〜。もう梅雨明けたんじゃないのか?雲一つ無いしなぁ」
拓は中庭のベンチで顔に当たる陽の光を手でさえぎりながら空を見ている。すると突然影が差し
「そうだね〜きれいな空だよね〜。もう夏だね〜」
と頭上から声が降ってくる。拓はだるそうに上を見上げる。
「ああ、藤宮さんか、珍しいね。今日は教室じゃないんだな」
拓は少女を見上げながらつぶやく。すると、少女は拓の目の前に立って
「もう、水島君ったらわざと名字で呼んだでしょ。いつもは綾乃って呼んでるくせに〜」
と綾乃はジト目で拓を見ながら言う。拓は笑いながら綾乃に
「うそだって、そんなに怒るなよ。それより、どうしたの?」
と聞く。綾乃は拓の隣に座ると目を閉じ深呼吸をしてから
「いや〜なんかすごく気持ち良さそうだったから、ついフラフラっとね」
と「エヘヘ」と笑いながら言う。拓は空を見上げ「そっか、まあ実際気持ちいいしな」とつぶやく。
「あれ?そう言えば松田君と神谷君はどうしたの?」
綾乃は辺りをキョロキョロと見回してから拓に訊ねる。
「ん?ああ、あいつらは昼飯買いに行ってる。ほら帰ってきた」
拓はこちらに向かって歩いて来る二人を指差して言う。
「あれ?藤宮さんじゃん、どうしたの?」
神谷が拓の隣に座りながら綾乃に聞く。
「いや〜たまには外でお弁当食べるのもいいかなって思ってね。一緒してもいいかな?」
綾乃はひざの上に弁当が入っているらしい包みを乗せて拓に聞く。
「ああ、俺は別にいいけど?お前らは?」
拓はそう言って横を向く。すると二人は妙にうれしそうに無言で頷く。
「あ、そう。綾乃いいってさ。よかったらさ、これからもたまには一緒に食べないか?」
拓はパンの袋を開けながら綾乃に言う。綾乃はフォークを口に当て少し考えていたが
「ん〜そうね。外で食べるのも気持ちいいしね。たまには一緒しようかな」
そう言って弁当を食べ始める。


「なぁ、次の授業ってなんだっけ?」
食事も終わり4人ベンチに座って話をしていると松田が誰に聞くでもなくポツリとつぶやく。
「・・・次はたしか体育、じゃなかったかな?」
綾乃が少し考えてからつぶやく。それを聞いた拓達はもちろんそう言った綾乃も固まってしまう。
「おいっ拓っ、今何分だ?」
「えっと・・・13時・・・15分だな」
「5限目って20分からだよね?」
拓達4人は互いに顔を見合うと綾乃は更衣室に、拓、松田、神谷は教室へと走り出した。


「・・・よし、わかった。次からは気をつけるように、いいな」
体育教師は4人と出席簿を交互に見ながら言う。
「は〜い」
「すいませんでした」
「・・・」
「失礼しま〜す」
綾乃、拓、松田、神谷はそれぞれ言い残すと、教師の前から立ち去る。
「ふぅ、てっきり走らされたりするのかと思ったけど・・・なんとかなったね」
綾乃は4人の先頭を歩きながら後ろを振り向いて言う。
「まあ・・な。遅れたって言っても2、3分なんだからそこまでしないだろ。さすがに」
そう言う綾乃に拓は自分が思った通りに話す。すると綾乃も
「あ、そっか。それもそうだよね〜」
とすぐに考えを改め拓と話し出す。一方、二人の後ろでは
「なあ、拓と藤宮さんって去年同じクラスだったっけ?」
「・・・いや、確か違うはず。去年は俺も一緒だったからそれは無いって」
と、なにやら怪しげな会話を松田と神谷がしていた。それに気付いた綾乃が
「ねぇ、二人とも何コソコソとしゃべってるの?」
と声を掛ける。二人は急に声を掛けられ驚き飛び上がる。
「え?あ、いや、なんでもないよな、神谷?」
「ん?あ、ああ、なんでもない、なんでもない。それより、早くいこうぜ」
二人は話していた事がばれていないのを知ると走ってクラスメイトの方に走って行ってしまう。
「あの二人、何?」
二人の様子に気付いた拓が綾乃に尋ねる。綾乃も訳が分からず
「・・・さあ、なんなんだろうね?」
と、答えるしかなかったようだ。
「ところで、綾乃は向こうじゃないっけ?」
「あっ、いけない。そう言えば今日の女子の体育ってバスケットだった。それじゃあね、水島君。また後で」
拓が何気なく言った一言に綾乃は顔色を変え、一目散に拓の示した方向に走り出す。
「さてと、俺はどうすっかな?今日も今日とて飽きずにサッカーかよ。どっかでさぼるとするか」
拓は一人そう言うとクラスメイト達のいる方向とは逆の方向に歩き出した。


「う〜、学校には着いたけど・・・勝手に入っちゃっていいのかなぁ?それにどこに行ったらいいのかもわからないし・・・どうしよう」
拓が授業をサボってすっかり寝入ったころ、唯は校門付近で困り果てていた。
「お義父さん達先にきて待ってるかもしれないしなぁ。どこが正面玄関かパッと見てわからないって言うのもどうかと思うんだけどな〜」
唯は校門に隠れて、学校の敷地を見渡しながらブツブツ言っている。
そんな唯をたまたま見つけた学生が二人。神谷と松田である。
「なあ神谷、さっきから校門の辺りで女の子がウロウロしてないか?」
唯に気付いた松田は隣で雑談をしていた神谷に話を振る。
「ああ、俺も気付いてたけど・・・何してんだろうなあの子」
神谷は話を中断して松田の方に向き直る。
「よっしゃ、ちょっとあの子に声掛けてくるとするか。お前もいくか?」
すると突然松田が立ち上がり、校門の方を向く。神谷はあきれながら
「いや、俺はいいよ。それにしても相変わらずだな、お前のそういうとこ」
と言う。すると松田は
「そんな簡単には変わんねーよ。大体な、可愛い女の子との出会いを求めるのは男として当然の事だろうが。違うか?」
と本気で語った後、足早に校門の方に向かって歩いて行った。
「まったく、ほんとに行っちまったよ。・・・そういえば拓の奴、どこ行ったんだ?まあ、大方どっかで寝てるだろうから拓連れてアイツの後でも追うかな」


「オイッ、拓、起きろってば」
神谷は拓を見つけると、すぐに体を揺すって起こそうとするが拓はなかなか起きない。
「ん・・・唯・・・もう少しだけ・・」
「あ?唯?誰だよそれ、ねぼけてんじゃねーぞ、オラッ起きやがれ」
神谷はなかなか起きない拓にとうとう痺れを切らし、軽く蹴りを入れる。
「ん・・なんだ、お前かよ。人が気持ち良く寝てんのに起こすんじゃねーよ」
「お前なぁ、俺がどんだけ苦労してお前を見つけたかわかってんのか?」
「いや、知らねーけど。それより、校門の辺りになんか人だかりが出来てるけど、なんかあったんか?」
拓は首を回しながら神谷に聞く。
「ん、人だかり?うおっ本当だよ。いやな、さっきから校門の辺りに女の子がいてな、それで松田が声を掛けに行ったからお前も誘いに来って訳だ。つーわけで行くぞ」
神谷はそう答えると拓の手を引いて校門の方へと歩いて行く。
「あのなぁ・・・もういいや、好きにしてくれ」
拓は抵抗する気も無くなったのか神谷にズルズルと引き摺られながら投げやりにつぶやいた。


「んで、その女の子はどこにいるんだ?」
拓は人だかりの前で呆れながら神谷に聞く。
「・・・さあ。多分中心だと思うんだが、それにしてもなんでこんなに集まってんだよ。どいつもこいつも暇な事で」
神谷も呆れながらつぶやく。すると人だかりの中から声が聞こえてくる。
「ねぇねぇ、きみどこから来たの?ここの生徒じゃないよね」
「あ、えと、その、あの・・・わたしは・・・」
中心部では松田が女の子に矢継ぎ早に質問を投げかけているようだった。
「松田も相変わらずだよな。どうするんだよ、これじゃあ見れそうも無いぜ?」
「そうだな・・・ここはやっぱりアレしかないだろ」
拓の言葉に訳の分からない答えを返すと、神谷は拓の背後に回り込む。
「おい、アレってまさか・・・」
拓は嫌な予感がし、後ろを振り向く。と同時に強く背中を押され、拓は人だかりに突っ込んだ。
「しっかり顔見てこいよ〜」
神谷はそう言いながら拓に手を振っていた。


「ねぇねぇ、きみ名前なんてゆうの?」
拓が人だかりの中で揉まれている頃、松田は唯に大量の質問をしていた。
「えっと、その・・・水島・・・唯っていいます」
「ふ〜ん、唯ちゃんってゆうんだ。ん、水島?どっかで聞いたような・・・ああ、拓と一緒なのか」
「えっ?拓兄さん?」
「ん?確かに「水島拓」ってやつは同じクラスにいるけど、あいつに妹いないって聞いてるから人違いじゃないのかな?」
「そう・・・ですか」
唯は拓に会えれば今の状況をなんとか出来るかと思っていたが、松田に別人と言われ落ち込んでしまう。
「ねぇ、ところで唯ちゃんはどうしてこんな所にいるわけ?学校どうしたの?」
人だかりの中から聞こえたその言葉に唯はハッと顔を上げる。
「あっすっかり忘れてた。あの、実は私・・・」
唯が何か言おうとしたその時、人だかりから誰かが飛び出てくる。
「っだあ〜、苦しかった。ったく、どこからこんなに集まってきたんだよ」
「・・・兄さん?」
「あ?俺は見ず知らずの女の子に兄さんなんて呼ばれる筋合いはない・・・ぞ」
唯は飛び出して来た誰かに思わず声を掛ける。
一方、声を掛けられた誰か:拓は唯を見て固まってしまう。
「・・・ゆ・いだよな」
拓は状況に頭が追いついてないらしく、、何度もまばたきを繰り返しながら唯を見つめる。
「もう、兄さんったら。私の顔もう忘れちゃったの、ヒドイなぁ」
唯はそう言って頬を膨らませながら拓の正面に立つ。
「なんか・・・証拠になるものあるか?」
拓はどうしても確証が欲しくてついそんな事を言う。すると唯は少し考えてから
「ん〜とね、今は何も持ってないけど・・・そうだ、昨日の夜兄さんが私のした・・・」
「うわたたた、ちょっと待った〜。わかった、十分わかったから、な。・・・それ以上言うなよ・・・」
拓は大慌てで唯の口をふさぐと、それ以上言わないように耳打ちする。
「あの〜取りこんでる所悪いんだが、ちゃんと説明してくれないか?唯ちゃんの話だと拓が兄さんって事になってるんだが、お前妹なんかいなかったよな確か。かと言って唯ちゃんが嘘ついているようにも見えないし。ここは一つ拓、お前の口から説明してもらおうか」
すっかり二人から忘れられていた松田に説明を求められ拓は考え込んでしまう。
(う〜ん、まさか唯が学校に来るとは誤算だったな。なるべく隠しときたかったんだけどなぁ。まぁ、どうせそのうちばれるだろうから言っちまってもいいか)
拓は自分の中で考えをまとめると、咳払いを一つしてから
「あっ〜と、その〜なんだ・・・唯は俺の・・・妹なんだ。ちゃんとしたな」
と松田はもちろん、周囲のクラスメイト全員に聞こえるように言う。唯は恥ずかしそうに下を向いていた。
松田やクラスメイトはとゆうと、拓の言った事のインパクトが強すぎたのか大半が固まっている。
「ところで拓よ〜、確か土曜日にお前の家に行った時には彼女居なかったよな。・・・とゆう事はお前ら昨日から兄妹なわけか?」
固まっているクラスメイト達に見向きもせず、いつのまにか松田の隣に立っていた神谷が重要な質問をしてくる。
「ああ、そうゆうことになるな。一応は」
そう答えた拓の言葉に周囲のクラスメイト達が一斉に騒ぎ出す。中には泣き出している者までいる。
「拓〜、てめ〜何一人でおいしい思いしてやがんだよ。この裏切り者〜」
「しかも、こんなかわいい娘と。こんなの間違ってるぞちくしょ〜」
拓と唯の周りはすっかり異様な雰囲気になってしまう。そんな事にかまうことなく神谷が
「それじゃあ、昨日の夜は二人っきりだったわけだよな。まったく、いかがわしい事だ」
と聞いてくる。拓は溜め息をつきながら
「ま、まあな。しかしお前なぁ、いかがわしいって俺は別に何もしてないぞ?」
と答えてから後悔する。しかし、とき既に遅く、拓はクラスメイト達からの嫉妬のオーラに包まれていた。そんな事態にまったく気付いていない唯は拓の手を引っ張ると
「ねぇ兄さん、私・・・あの、お義父さん達に呼ばれて来たんだけど、どこに行ったらいいかわからないから案内してくれないかな?」
と、両手を合わせ上目づかいに頼んでくる。
「ん、ああ、そうしてやりたいのはやまやまなんだが・・・今授業中だし、それに周りがこの状況じゃあなぁ・・・」
拓は辺りを見回してお手上げと言った感じで両手を上げる。すると神谷が
「しゃーないな、妹さんのためだ。お前は腹痛で保健室に行った事にしといてやろう。あと逃走路はここをまっすぐ行け」
と小声で拓に言ってくる。
「ん、わかったありがとな。またなんかおごるから。よし、唯行くぞ」
拓は神谷にそう言うと唯の手を引いてま神谷の示した方向へと走り出す。唯は拓に引っ張られながら神谷に小さく頭を下げてから大きく手を振っていた。
「さてと、それじゃ妹さんのために拓のアリバイでも作りに行くとしますか・・・後ろの連中にばれないうちにな」
神谷はそうつぶやきながら誰にも気付かれぬように人だかりから抜け出ていた。


「ねぇ、兄さん」
「ん?なんだ唯」
「ありがとう・・・その助けに来てくれて。なんか、中の様子見てたら急に人が集まって来るんだもん。周りグルーって囲まれちゃうしすっごく怖かった。みんな一斉にいろんな事聞いてくるから私どうしていいかわからなくて・・・本当にありがと」
唯は拓と共に小走りで走りながら、人だかりから助け出してくれたことに礼を言っていた。
「いや、いいって。困ってるときはお互い様、だろ?それより父さん達何時に来いって言ってたんだ?」
「えっとね・・・1時半ぐらいって言われて来たんだけど・・・お義父さん達怒ってるかなぁ」
唯は不安げにそう答えると少し走るスピードを上げる。
「うーん、多分大丈夫だと思うぞ。父さん多少の事は気にしないし、それにちゃんと事情があるんだからちゃんと説明すれば大丈夫だって。1時55分か・・・やっぱりちょっと急ぐか」
「うん、でも、どこに行けばいいのかな?兄さん知ってる?」
「そうだな、どうにかして連絡が出来ればいいんだけど・・・」
「ねぇ、兄さんって携帯電話持ってないの?」
「ん?持ってるけど、今は持ってない・・・ぞ?」
拓はそう答えながらポケットを探り足を止める。
「あれ?なんでポケットに入ってんだ?確かに置いてきたんだけど・・・まあいいか。とりあえず父さんと連絡取らないとな」
拓はなぜかポケットに入っていた携帯電話を不思議そうに眺めながらも、手馴れた手つきで父親の携帯電話の番号をダイヤルする。
「・・・もしもし父さん?ああ、俺。あのさ、今唯と一緒にいるんだけどさ・・・え?なんで一緒にいるのかって?それは後で説明するから。・・・え?俺も一緒に来い?・・・わかった。んで今どこにいるわけ?・・・校長室?んじゃ唯と二人で行くから。それじゃ」
拓は通話を終えると、溜め息を一つ吐いてから唯の方を向く。
「とゆうわけで、父さん達は校長室にいるらしいから。・・・ったくかったりぃなぁ、しゃーない行くか」
「でもさぁ、なんで兄さんも一緒なのかな?場所がわかれば私一人でも行けるのに。何か用なのかなぁ?」
唯は拓と並んで走りながら拓に聞く。すると拓は
「まぁ、だいぶ会ってないし、それに今回の事とか、今後の事で話す事があるだろうし、それに、俺も文句の一つでも言いたいしな。ほらっ急ぐぞ」
そう言うと唯を置いてどんどん先に進んでいってしまう。
「あ〜ん、兄さん待ってよ〜」
唯は一人走って行く拓の背中に叫びながら走るペースを上げた。


「さて、なんでお前が唯と一緒なのか説明してもらおうか」
父親は拓と唯が部屋に入ってくるなりそう言った。
「あのなぁ、久しぶりに会う息子に対しての第一声がそれかよ。ちゃんと話すからせめて椅子にくらい座らせてくれよ」
拓は父親にそう言うと唯を連れて両親の正面のソファに派手に音を立てて座る。対称的に唯は音も立たないほど静かに拓の隣に座った。
「俺が唯と一緒にいるのは、俺が体育してたら唯が囲まれてたから、助けたんだよ。これでいいだろ?」
拓は内容をかなり省略してはいるが、とりあえずこれまでのいきさつを説明した。
「・・・なるほどな、わかった。それでこれからの事なんだが」
「・・あの〜、トイレ、行って来てもいいかな?」
父親が何か言おうとした時、唯が遠慮がちに言う。隣の拓は苦笑しながらトイレの場所を教えてやる。
「それでこれからの事だが、私たちはまた海外に行く事になるからお前には当然のことだが唯と暮らしてもらうことになるが・・・いいんだな?」
「いいも、なにも、家族になっちまったんだからしょーがないだろ」
「いや、そうゆう事じゃなくてだな。若い男女だけで一つ屋根の下で暮らすわけだから、お前が唯に手を出さずにやっていけるかと思ってな。大丈夫だろうな?」
「なっ・・・だっ大丈夫に決まってるだろ。大体唯は妹なんだから、妹相手にそんな変な気なんて起こさないって」
拓は突然父親にそんな事を言われ思わずうろたえてしまう。
「・・・まあ、大丈夫だろう。くれぐれも気を付けるようにな」
うろたえる拓を見て父親は少し不安そうにそう言って話を進める。
「ところで、唯から詳しい事情は聞いたか?」
「ああ、両親が交通事故で死んで、父さんが引き取ったんだろ。ちゃんと聞いたけど?」
「そうか、ならいい。まぁとにかく仲良くやってくれ」
「ああ、わかってる。それにしても俺に一言相談してくれてもよかったんじゃないのか?まぁ、反対はしなかっただろうけどさ」
「その事については本当に悪かった。なにせ急いでたものでな」
二人がある程度話を進めていると唯がトイレから帰ってくる。
「お待たせ〜。それでお義父さん、お話ってなに?」
唯は再び拓の隣に座り父親に聞く。
「ああ、そうだったな。唯、これからお前には拓と一緒に暮らしてもらう事になるが本当にいいか?」
「うん、大丈夫だよ。それにいる物も全部そろえちゃったし、ね」
唯はそう言って拓に同意を求めてくる。拓もそれに頷く。
「そうか、まあお前たちの好きなようにすればいい。お互い仲良くやるようにな」
父親は満足そうに頷きながらそう言うと立ち上がる
「なんだ、もう行くのかよ。もっとゆっくりして行けばいいのに」
「そうしたいのはやまやまだが、まだいくつか行かないと行けないところがあるからな。これでも忙しいんでな、それじゃあな」
父親はそう言うと母親を連れて部屋を出て行く。
「・・・お義母さん、一言も喋らなかったね」
「ああ、母さん口数少ないんだよ。それで唯、俺はまだ授業あるから教室に戻るけどどうする、帰るか?」
拓は時計を確認しながら唯に聞く
「うん、もうすることも無いし帰ろうかな・・・あ、やっぱり買い物に付き合ってくれない?食材買いに行かないとお料理できないから。校門のところで待ってるから、いいでしょ?」
「・・・わかった。でも、待ってるのはいいけどあんまりうろうろするなよ。またさっきみたいになるからな」
拓は先ほどの出来事を思い出して唯にしっかり釘をさしておく。
「う〜、わかってるもん。さっきは油断しただけだもん」
唯は拓に釘をさされすねてしまう。
「さて、そろそろチャイム鳴るし行くぞ
」 拓はそう言うと立ち上がりドアに向かう。唯は慌てて拓の後を追った。


「それじゃあ、また後でね。なるべく早く来てね」
「ああ、わかってるって。HR終わったらすぐ行くから。動くんじゃないぞ」
「わかってる。それじゃあね」
唯はそう言うと大きく手を振りながら校門へと走っていった。
「そんじゃ、俺も教室に戻るとしますか」
拓は唯を見送るとチャイムとともに教室に向かって歩き出した。


「よお、ずいぶん遅かったじゃないか。何やってたんだよ」
教室に戻った拓は待ち構えていた松田に連行される。
「な、なんだよ、戻ってくるなり。何の用だよ?」
拓は松田を振りほどいて自分の席で着替え始める。
「お前、唯ちゃんはどうしたんだよ。唯ちゃんは?お前一緒だったろうが」
「なんだ、そのことか。唯ならもう帰ったよ」
拓は着替えながらあっさりそう答える。
「なに?なんで帰すんだよ。ここに連れてこいよ、まだ聞きたい事いっぱいあったんだぞ」
「んな事知るかよ。大体唯は遊びに来てた訳じゃないんだから、用が済んだら帰るに決まってんだろ。それに、ここに唯連れて来てどうすんだよ。ったく何考えてんだか」
拓は松田を黙らせるとまるで勝者のように椅子に座る。と同時にチャイムが鳴り松田も渋々自分の席に戻った。


「それじゃあ伝達事項は以上。週番、号令」
「起立、礼」
週番の号令でHRが終わり一気に教室の中が閑散とする。
「さってと、帰るとするか。幸いにも、松田と神谷は先に帰ったしな」
拓は教室内の人口が減ったのを確認して出口に向かう。
「ねぇ、水島君。もし、良かったら一緒に帰らない?」
拓は声を掛けられて後ろを振り向く。するとそこには綾乃が立っていた。
「誰かと思ったら、綾乃か。別にいいけど・・・あっ悪い。そう言えば用事あったんだ。校門まででいいなら付き合うけど?」
拓は一度はOKしかけたが、唯との約束を思い出し慌てて訂正する。
「そっか、じゃあ校門まで一緒にいこ」
綾乃はそう言うと拓の隣に立つ。拓はそれを確認して歩き出す。
「そう言えばさ、水島君ってどの辺りに住んでるの?まだ聞いてなかったよね」
「ああ、そういやそうだな。うちは中央交差点を丘の方に上がったところのマンションだけど。綾乃は?」
拓は綾乃の質問に答え、また自分も綾乃がどこに住んでいるのかを聞いていないのに気付き訊ねる。
「うち?うちはね、丘に上がる途中にあるんだよ。以外にご近所さんだったんだね」
綾乃は拓の質問になぜか上機嫌で答える。
「でもさ、今まで一度も朝一緒になった事ないよな」
と、拓が訊ねる。すると、綾乃は
「そ、それわ〜、水島君が家を出る時間が遅いから・・・じゃないかな・・・」
と申し訳なさそうに言う。
「うっ、痛いところを突いてくるなぁ。ま、ほんとの事だからしょうがないけどさ」
拓はそう言いながらガクッと肩を落とす。
「・・・そ、そうだ、ねぇ水島君。今度水島君が暇な時遊びに行ってもいいかなぁ?」
綾乃は落ち込んだ拓の気を逸らせようと話題を変える。
「え?・・ああ、別にいいけど、うちに来ても何も面白い物なんかないけど、それでも来る?」
「うん、ぜひ行かせてもらうよ。暇な時わかったら教えてね」
いまいち乗り気でない拓に対してすっかり来る気十分の綾乃。拓は「ああ」と答えて昇降口を出る。
「ところで水島君。用事ってもしかして誰かと待ち合わせ?やけに急いでるけど」
「えっそんなに急いでた?あ〜いや、まぁ・・・」
綾乃に待ち合わせの事を聞かれ、拓はごまかしきれずに本当の事を言ってしまう。
「へ〜水島君彼女いたんだ?これからデートかなぁ?」
綾乃は明らかに拓の事をからかっているのだが、拓にそれに気付く余裕がある訳もなく
「なっ、ち、違うって。妹と買い物に行くからそれで待ち合わせって・・・しまった、言っちまった」
と、つい喋ってしまう。そこにすかさず綾乃が
「妹さん?あれ、水島君一人っ子じゃなかったっけ、どういう事なのかな?」
と、追求してくる。拓はごまかしきれないと悟ったのか、溜め息を一つ吐くと
「あ〜っとなんていったらいいのかな。確かに俺は一人っ子だったけど、家の都合で昨日急に妹が出来たんだよ。これじゃダメ?」
と、わかりにくいがなんとか説明する。綾乃は全然わからないとゆう表情で
「まあ、詳しい話しはまた明日にでも聞かせてもらう事にして。あの娘でしょ」
と言って校門の近くに立っている少女を示す。拓は少女の姿を確認して
「ああ、そうだよ。唯ってゆうんだ」
と唯の事を紹介する。すると、自分の事を話しているのに感づいたのか、拓の気配を感じ取ったのかはわからないが唯が拓の方を向く。そして、目が合うと同時に
「お〜い、兄〜さん。こっちだよ〜」
と手を大きく振りながら大声で拓に向かって叫ぶ。と同時に校門付近にいた大勢の男子生徒の視線が唯に、そして声を掛けられた拓に集まる。
「・・・ねぇ、なんとなくやばそうな雰囲気じゃない?」
隣に立っていた綾乃が辺りを見回し、拓に小声で話しかける。
「ああ、俺もそう思うよ。・・・ったく、唯のやつなんで叫ぶかな?」
拓はそうぼやきながら唯に向かって歩いて行く。綾乃も黙って拓の隣を歩いて行く。
「もうっ遅いよ〜兄さん。HR終わったらすぐ来るって言ってたじゃない」
嫉妬の視線を全身に浴びながら唯の前に辿り着いた拓に唯は少しだけ怒りながら言う。
「悪い、悪い。でも、そんなに時間経ってないと思うぞ?」
拓は時計を確認しながら言う。唯は首を傾げながら
「えっそうかな・・・まあ、その事は許してあげるとして、その人だぁれ?」
と綾乃を見ながら言う。拓は「忘れてた」といった感じで
「ああ、そうだったな、彼女は俺と同じクラスの藤宮綾乃さん、んで、こっちが俺の妹の水島唯」
と、唯に綾乃を、綾乃に唯を紹介する。
「藤宮綾乃です。よろしくね、唯ちゃん」
「あ、えと、水島唯です。こちらこそよろしくお願いします、綾乃さん」
二人が互いに自己紹介をし合っている間にも、学年、さらには本人は全く自覚していないが校内でのアイドル的存在の綾乃。
さらには年より幼くは見えるがかなり可愛い唯の二人を連れている拓には周囲の男子生徒からの殺気に近い視線が容赦なく突き刺さる。
拓はそろそろやばいと思い
「なぁ二人とも、色々話したい事もあるだろうけどさちょっと場所を変えないか?」
と二人に提案する。二人は同時に「なんで?」という表情で拓を見る。
「いや、だからさ、こんな所で立ち止まってたら他の人の邪魔になるし、な?」
拓は早くこの場から離れようと必死で二人を説得する。
「もう、しょうがないな〜。そう言えば、先週オープンしたばかりの喫茶店があるからそこに行こうよ。
 もちろん水島君のおごりでね。唯ちゃんもいいよね?」
すると綾乃が悪戯っぽい笑いを浮かべながら言う。すると唯も同じような笑いを浮かべて首を縦に振る。
 拓は財布の中身を確認してため息をついてから
「しょうがないな、今回だけだからな」
と二人に言う。しかし、拓の言葉が終わる前に二人は既にお喋りをしながら歩き始めていた。
「・・・っておい。もう先に行ってるし・・・唯のやつ、買い物はどうしたんだよ」
拓はそうつぶやいて二人の後を追った。


「はぁ、しっかし、いつまでいるきなんだ?あの二人」
三人が喫茶店に入ってから既に一時間が経過していた。二人が注文したパフェは既に空になっていたが、
女同士気が合ったのか二人のお喋りは止まりそうにない。
「まったく、よくしゃべるよなぁ・・・すいません、コーヒーお替わりください」
ちなみに拓のコーヒーのお替りはこれで九杯目である。
「なあ二人ともそろそろ帰らないか?話しならまた明日すればいいだろ?」
拓はコーヒーを飲みながら隣のテーブルの二人に話しかける。
ちなみに女同士の話しを聞かれたくないとゆう二人の意見で拓は隣のテーブルに追いやられていたのだった。
「え〜、もちょっといいでしょ兄さん。まだそんなに時間経ってないんだからさぁ」
と唯が反論する。さらに綾乃も
「そうだよ〜どうせだからもうちょいっとだけ、ね?」
と大抵の男がOKを出しそうなおねだりポーズを取って頼み込む。拓もOKしそうになるが
「あのなぁ、もう一時間だぞ?それに買い物に付き合って欲しいって言ったのは唯だろ、先に行くぞ」
と言い残してレジに歩いてゆく。綾乃と唯は互いに顔を見合い
「しょうがないわね、行こうか唯ちゃん」
「そうですね。怒らせるとお買い物に付き合ってもらえなくなるし」
そう言うと二人はクスリと笑いながら出口へ向かった。


「すっかりご馳走になっちゃったね、水島君」
綾乃は歩きながら喫茶店のレシートを見ては溜め息をついている拓に両手を合わせて言う。
「いや、別にいいんだけどさ。・・・覚悟はしてたけどまさかパフェ一杯があんなにするとは」
ちなみに綾乃と唯が頼んだのは「チョコジャンボパフェ」という名前を聞いただけでも胸焼けを起こしそうなメニューだった。
実際普通のパフェの3倍近くのボリュームを見た拓はコーヒー以外のメニューを頼まなくて良かったと思ったのだ。
ちなみに値段もジャンボで一杯1.500円だった。
「はぁ〜それにしてもおいしかったな〜。また行こうね兄さん」
拓の財布の中身などお構い無しの唯は上機嫌で言う。それに対して拓は浮かない顔で
「そ、そうだな。また、こんどな・・・」
と。下を向いて答えるのだった。
「ところで唯。今から何を買いに行くんだ?いる物なら昨日ほとんど買っただろ?」
拓は買い物に行く事を思い出し、唯に訊ねる。
「ねぇ、兄さん?私はまともな食生活をしたいの。レトルト食品ばっかりの食事は嫌だよ?」
唯は溜め息をついてそう言うと綾乃に耳打をする。綾乃は「エッ」と声を上げた後しばらく考え込んでから
「水島君・・・よく今まで体壊してないね。・・・食事はちゃんと取った方がいいと思うよ、やっぱり」
と苦笑いしながら言った。
「ゆ〜い〜。綾乃に何吹き込んだんだ?」
拓は逃げようとする唯の服の襟を掴むと耳打の内容を聞き出そうとする。
「あわわっ。べ、別に変な事は何も言ってないよ〜。キッチンで見た事を言っただけだよぉ〜」
唯は逃げようともがきながら、朝キッチンで見た事を綾乃に教えたと白状する。
「なっ、まさか、見たのか?アレを」
拓は思わず襟を掴んでいた手の力を緩める。拓から逃れた唯は拓から距離を置くと
「うんっ、見ちゃったよ。レトルト食品の山。うん、あれはすごかったなぁ〜」
と喜喜として話し出す。さらに綾乃も
「水島く〜ん、ちゃんとバランス良く食事取らなきゃ駄目だと思うよ、やっぱり」
と、申し訳なさそうに笑いながら言ってくる。
「・・・もう・・・好きに・・してくれ・・・」
拓はもはや反論する気も無くなったのかついに黙り込んでしまう。
(ねぇ、唯ちゃん。水島君黙っちゃったけど、怒ってるんじゃない?)
(う〜ん、どうかな。たぶん本気で落ち込んでるだけだと思うな〜)
綾乃と唯は前を歩く拓と距離を取って小声で話し合っている。
「あっもう着いちゃった。水島君達お買い物なんだよね?それじゃあ、私先に帰るね」
しばらくして中央交差点にさしかかった所で綾乃が丘の方向に歩いて行く。
「ああ、そうだな。それじゃあ、また明日な」
「綾乃さ〜ん、また明日ね〜」
歩いて行く綾乃に二人は声を掛ける。綾乃は笑いながら手を振り帰って行った。
「それじゃあ、私達もいこっか」
「そうだな。んで、今日は何買いに行くんだ?」
立ち止まっていた拓は唯に言われ歩きながらどこに行くのか訊ねる。
「えっとね〜、まず食料品買いに行って〜、それから〜、あれ?後もう一軒どうしても行かなきゃいけないところがあったんだけどな〜。
 う〜ん、思い出せないよ〜」
唯は拓に訊ねられ答えるがどうしても行かなければいけない場所が思い出せないらしく、
「エヘッ」と笑うと「まあ、そのうち思い出すから、先に食料品買いに行こっ」と拓の手を引っ張る。
拓は唯に引っ張られながら「ところで唯?お前料理できるのか?」と訊ねる。
唯は立ち止まると拓を見上げて「もっちろん。こう見えても結構上手なんだからね」とわずかな膨らみしかない胸を張りながら自信たっぷりに言う。
拓はそんな唯の頭に手を乗せると「わかった、期待してるよ」と言って再び歩き出した。


「さてと、とりあえず食料品は買ったけど。どうだ唯?思い出したか?」
拓はスーパーの出口で隣に立っている唯に訊ねる。
「ううん、もうちょっとで思い出しそうなんだけど・・・ごめんね、兄さん」
唯は首を横に振りながら答える。
「いいって、思い出せないものはしょうがないだろ。さて、どうするか・・・ん?電話か、誰からだ」
拓は唯の肩に手を置き唯を励ます。拓がどうしようか考えていると携帯の着信音が鳴る。
「もしもし・・・なんだ父さんか。・・・あ?唯の制服を作りに行け?・・・ああ、まあそうだけど
 ・・・わかった。それで場所は?・・・ん、わかったそれじゃあ」
「誰?お義父さん?」
通話が終わると内容が気になるのかすぐに唯が聞いてくる。
「ああ、唯の制服を作りにデパートに行けってさ。別に明日でもいいんだろうけど、どうする?」
「制服・・・あっ思い出した。そう言えば制服作りに行けって学校で兄さんと別れた後言われたんだった」
拓から通話の内容を聞いて制服を作りに行く事を思い出したらしく、唯が思い出した内容を話し出す。
「あれっ?でも、どうしてお義父さん兄さんに電話してきたんだろ?」
唯は父親が拓に電話を掛けてきた事に疑問を感じていたが拓は
「そんなの・・・唯が忘れてると思ったからに決まってるだろ」
と、ポツリとつぶやく。そのつぶやきが聞こえたらしく
「う〜兄さんひどいよ〜。確かに忘れてたのは本当だけど〜。・・・兄さんのイジワル」
と唯が文句を言ってくる
「わるい、わるいつい本音が・・・それよりどうする。今日作りに行くか?早いほうがいいだろうし」
「えっあ〜・・・うん、そうだね。時間もそんなに遅くないし行こっか」
唯はそう言うと片手に持ったビニール袋を大きく振りながら拓の前を歩き出す。
拓は楽しそうに前を歩く唯を見ながら唯と同じく両手のビニール袋を揺らしながらデパートに向かって歩き出した。


「ねぇ、兄さん、兄さん」
デパートから帰る途中、丘に続く坂を歩いていると隣を歩いていた唯がうれしそうに声をかける。
「ん?なんだよ」
一方、声をかけられた拓は少々不機嫌気味に答える。それもそのはず、拓はデパートを出た時点で唯の分の荷物も持たされていたのだから
しかも唯に「私、お料理するから、兄さん荷物持ってね」と半ば強制的に持たされたのだから拓が不機嫌なのも最もである。
「新しい制服、いつ頃出来るのかなぁ?楽しみだな〜」
拓の様子にまったく気付いていない唯は拓に話を振る。
「そうだな〜今週一杯はかかるんじゃないかな?うちの制服は作りが凝ってるからな」
「そうだね〜確かにすごくかわいいかったもんね。ねぇねぇ、私が着たら似合うかな?」
唯にそう聞かれ、唯が女子の制服を着た姿を思い浮かべる。
「・・・うん、いいんじゃないかな?ま、まぁ、うちの学校の制服はかわいいしな」
拓は思い浮かべた唯の制服姿があまりにもかわいかったので照れ隠しでついそんな事を言ってしまう。
「あっ、そうゆう事言うぁかなぁ・・・あれっ?兄さん顔が真っ赤だよ。
 ・・・もしかして想像した私の制服姿があまりにもかわいくて照れてるの?
」 唯は拓の顔が真っ赤になっているのに気付くと、さっきの仕返しとばかりに追及する。
「な、んなわけあるかよ。ほらっ腹減ったから早く帰るぞ」
拓は唯の追及に内心かなり焦りながらそれをごまかすかのように歩く速度を少し速める。
「む〜どう見ても怪しいなぁ。・・・まぁいいや・・・あっそうだ、ねぇ兄さん」
「ん、今度はなんだよ?」
「よく考えたら、制服できるまで何着て学校行ったらいいのかなぁ?」
その一言で拓は足を止める
「そういやそうだな。・・・なぁ、前の学校の制服とか持ってないのか?」
一瞬止まった思考回路をフルに回転させ、拓は打開策を考え出す。
「・・・前の学校の制服・・・う〜ん、確か持って来てたはずだけど、まだ開けてない荷物の中だった気がするよ?
 それに、服は服でまとめてあるからはっきりこれってわからないよ」
唯は拓に聞かれ、制服の場所を思い出し状況を言う。
「そっか、でも探さない事には明日から学校に行けないだろ?晩飯食ったら俺も探すの手伝ってやるから。まずは帰って飯作ってくれ」
「そうだね、うん、わかった。腕によりをかけておいしい晩ご飯作るからね」


「ふう、おいしかった。いや〜、それにしても上手に作るもんだな〜」
「はい、お茶。そんなにおいしかった?もしかして、まともな食事するのってすっごく久しぶり?」
唯はお茶を渡しながら恐る恐るそんな事を聞いてみる。
「えっとな〜確か・・・3月の下旬からだな。始めの頃は自炊してたんだけどな、うまくないしめんどくさいからやめたんだよ。
 なんでそんな事聞くんだ?」
拓はお茶を飲みながら答える。
「えっ?いやなんとなく気になっちゃって。わたしもごちそうさま」
唯はそう言うと箸を置いて席を立つ
「わたし、洗い物しちゃうから、兄さん先に制服探しててくれないかな?」
「いや、先に風呂の準備しとくよ。女の子の服引っかき回すのはどうも抵抗があるからな」
拓は照れ笑いを浮かべてそう言いながら浴室へと向かう。
「・・・そんなに恥ずかしいのかなぁ?まぁ、いいや。わたしも早く洗い物終わらせちゃおっと」
唯は浴室の方を見ていたが、そうつぶやくとキッチンに入り、鼻歌を歌いながら洗い物を始めた。


「なぁ唯〜、一体どこに制服あるんだ?」
ダンボールの中に押し込まれた服を引っ張り出しながら拓は、隣で同じく服と格闘している唯に聞く
「えっ?わ、わたしもわからないよ。急いでたからほとんど適当に詰めたんだもん」
そう答えると、先ほどまでの箱をどけ新しい箱に手をつける。
「ところで唯?」
「なに、兄さん?」
「女の子ってゆうのはみんなこの位服を持ってるものなのか?」
「う〜ん、どうだろうね。人によって差はあると思うけど、大体この位じゃないのかな?どうして?」
そう聞かれ、拓は辺りを見渡しながら
「いや、たいした理由じゃないんだけどな。このダンボールの数を見て普通ってどのくらいなのかなって思ったんだよ」
「ふ〜ん、やっぱり女の子の事って気になるんだ。・・・ねぇ、兄さん?」
「ん、なんだ?」
急に真剣な声で呼ばれ、拓は思わず手を止めて唯の方を向く
「綾乃さんと付き合ってるの?」
唯はおもむろにそう切り出す。拓は思わず吹き出す
「はぁ?何言ってるんだお前は、どこをどうやったらそうゆう結論に達するんだ?」
「え〜っ違うの?今日の様子を見てたらどこをどう見てもカップルさんって感じだったんだけどなぁ〜」
「まあ、確かによく間違われることはあるけど、綾乃は誰にでもあんな感じだからな。とにかく俺と綾乃はただのクラスメイトだからな」
「・・・うん、わかったそういうことにしておいてあげるよ」
「いや、だからちがうって・・・」
すっかり暴走して拓の言葉など聞こえていない唯の様子に拓は思わずうなだれてしまう。
「あっ制服あったよ〜。結局服の入ってた箱全部開けちゃったね」
唯は探し出した制服を抱きしめ、部屋を見回してつぶやく。
「そうだな、一番最後の箱に入ってるなんてな。足の踏み場もないってのはこの事だな」
同じく拓も部屋を見回してつぶやく。ダンボール箱、ベッド、その他最小限の物しか無かった部屋だったが、今は床一面に箱から出した服が置かれ床が見えないほどである。
「しっかし、これを片付けるのは大変だな〜。今からやるんなら手伝うけど?」
「ううん、今日はもう遅いからいいよ。それより兄さんは先にお風呂入っちゃってよ。わたしはもうちょっとやろうと思ってるから」
唯は服を広げてはたたむを繰り返しながらそう言う。
「そうか?それなら先に入らせてもらうぞ。もし、重いもの動かすんなら後で手伝うから無理するなよ」
「うんわかった〜。・・・あれ?これってこんな所に入れてあったっけ?」
拓が出て行った後で唯は荷物の中からある物を見つける。
「・・・そうだ、せっかく見つけたんだからこれで兄さん驚かしてみようかな」
唯は悪戯っぽく笑ってそうつぶやくと、見つけ出した物を抱えて部屋を出て行った。


「ふぅ〜、しかし今日もいろいろ騒がしかったなぁ。朝は・・・まあいつもの事としても、唯が学校に来て一騒動あったしその後も喫茶店に行ったり買い物に行ったりしたからなあ。・・・待てよ、明日から唯も学校って事は今日みたいなのが当分続くのか・・・はぁ」
拓は湯船につかりながら今日一日を思い返し、またこれからの事を想像し大きく溜め息を吐いた。
―コンコン―
拓が疲れからかうとうとしだした頃不意に浴室のドアがノックされる。
「ねぇ、兄さん?」
ノックの音と唯の呼びかけで拓は目を覚ます。
「ん?どうした、片付けは終わったのか?」
「うん、とりあえずはね。それでね、汗・・かいちゃったから・・・わたしも一緒にお風呂入ってもいいかな?」
「ああ、汗かいたままじゃ気持ち悪いからな。入ってこいよ」
恥かしそうに聞いてくる唯に拓は少しも考えずにOKを出す。
「・・・うん、ありがと」
拓にそう言うと同時に脱衣所から衣擦れの音が聞こえ始める。
衣擦れの音を聞きながら寝ぼけた頭で「こうゆうのもいいかもな」と考えていた拓だが、冷静になって「一緒に風呂に入る=二人とも裸」
という事に気付いた時にはすでにバスタオルを体に巻いた唯が浴室に入ろうとしていた。
「だあ〜、唯、スト〜ップ!やっぱりダメだ」
「え〜っ、なんでぇ〜。さっきはいいって言ってたじゃない、兄さんのうそつき〜」
唯はジト目で拓に文句を言いながらも浴室に入ってくる。
「さっきは寝ぼけてたんだよ。大体お前なぁ一緒に風呂に入るって、恥かしくないのか?」
「え?そ、それは少しは恥かしいけど〜。ほらっ、兄妹なんだしスキンシップも必要でしょ。ね、ね?」
唯はそう言いながらどんどん拓に顔を近づけて行く。その勢いに押され拓は思わず頷いてしまう。
「あ!兄さん今頷いた?頷いたよね、それじゃあわたしも入ろっと」
そう言うと巻いていたバスタオルを外し湯船に入いろうとする。拓は唯の裸を見てはまずいと思い顔を背ける。
「ばっ、タオル取るなら取るってちゃんと言えっての。まったく、俺も男なんだからな」
そう言うと拓は壁の方を向いてしまう。唯は微笑を浮かべながら無言で湯船に入る
「・・・」
「・・・」
拓は壁を見ながら、唯は拓の背中を見つめたまま浴室に無言の時が流れる。
「ねぇ、にいさん?」
「・・なんだ?」
「どうしてこっち向いてくれないのかなぁ?わたしは兄さんの背中見るためにお風呂に入ってるわけじゃないんだけどな〜。これじゃあ、ちっとも楽しくないよぉ」
唯はそう言って拓の背中に静かに右手を乗せる。
「どうしてって言われてもなぁ、さすがに兄妹でも風呂場で裸で向き合うのはさすがにまずいって」
「兄さん、何言ってるの?わたし裸じゃないよ」
拓は唯の言葉に驚き「ギギギ」と音が聞こえるのではないかと思うほどゆっくり後ろを振り向く。
「・・・ナンデソンナモノ着テルンデスカ?」
振り向いた拓の目に写ったのは水に濡れて濃紺色になった布地に胸の部分に大きく「坂本」と書かれた白い布が縫い付けられた水着、
スクール水着を着た唯の姿だった。
「なんでって、そんなの恥かしいからに決まってるじゃない」
「いやでも、さっきスキンシップがどうとか・・」
「あっあれ?あれは適当に言っただけだよ。本当はね、たまたまこれが出てきたから兄さんを驚かそうと思ってね」
水着の肩紐の部分を直しながら笑ってそう言う。
「・・・つまり、さっきのはたんに俺をからかってた訳だな。・・・もう好きにしてくれ」
唯にそう言うと拓は天井を見上げそのまま目をつむる。
「ねぇ兄さんって・・・寝ちゃってる・・・お風呂で寝ると危ないのに〜」
目をつむっている拓を見て唯は寝ていると勘違いをする。もちろん拓は寝てなどいないのだが
「でも、わたしがいるから大丈夫よね。疲れてるみたいだし、寝かせといてあげようかな」
拓をそのまま寝かせておこうと思ったのか、拓に声を掛ける事はせず静かに湯船からでる。
「さってと、兄さんも見てない事だし・・・今のうちに体洗っちゃおうかな」
そう言ったのが聞こえたかと思うと次に拓の耳に聞こえてきたのは湿った衣擦れの音だった。
(ん?唯のやついったい何やってるんだ?)
唯の行動が気になりついつい拓は目を開けてしまう。その目に映ったのは膝下辺りまで水着を脱いだ唯の後ろ姿だった。
「・・・」
拓は口を半開きのまま全裸の唯の後姿に、さらに言えば唯の小さなおしりに思わず見とれてしまう。
「・・・な〜んかさっきから視線を感じるんだけどぁ・・・」
視線を感じたのか唯が後ろを振り返る。
「あ・・・」
「えっ?」
二人は視線が合うと同時に驚きの声を上げ、そのまま固まってしまう。
「いやあぁぁぁぁ〜、兄さんなんで見てるのよ〜、見ないでよぉ〜」
パニックになり叫びながらしゃがみ込む唯。
「あ、ああ、悪い」
その叫びに圧倒され拓は背を向ける。
「ほらっ、こうしてるから体洗うんなら洗っちゃえよ」
拓は背を向けたまましゃがみ込んでいるだろう唯に言う。その言葉に「・・・うん」と頷くとくるぶしのところで止まっていた水着を脱ぎ
体を洗い始める。
ワシャワシャワシャ・・・二人とも無言のため静まり返った浴室にスポンジを擦る音だけが響く。
「・・・ねぇ、にいさん・・・」
「ん、なんだ?」
突然の呼びかけに思わず拓は振り返ってしまう。
「あっ、こっち向いちゃだめだよ〜」
拓はその声で動きを止める。
「わっ、悪い、つい癖で。それで、なんだ?」
「あ、うん。・・・あのね、もし兄さんが好かったらでいいんだけどね、これからも一緒にお風呂に入ってもいいかなぁ?」
唯は体を洗う手を止めて、きわめて真剣に拓の目を見つめて言う。
「えぇっ・・・そ、そうだな。・・・きょ、今日みたいに水着をちゃんと着てれば別に・・・いいぞ」
唯の真剣な視線を感じた拓は悩んだ末に、水着を着るとゆう条件で一緒の入浴を許したのだった。
「えっ?ほんとにいいのっ?でも・・なんで水着を着る必要があるの?」
体を流しながら分からないといった感じで聞いてくる。
「・・・あのなぁ、水着着てないと恥ずかしいだろ」
大きな溜め息をするとそのまま背後の唯に向かって言う。すると唯は
「わたしはそんなに恥ずかしくないし、兄さんになら別に見られても・・・」
と小さな声で呟く。すると拓は
「なっ、何言ってんだよ。お前が平気でも俺が耐えられないんだ、わかったな」
と顔を真っ赤にしながら言う。
「もうっ、兄さんったら恥ずかしがり屋なんだから。でも、それで一緒に入れるんならいいや。さってと、それじゃあ兄さんこっちに来てよ、背中流してあげるから」
唯は再び水着を着ながら、拓を自分の元へと呼ぶ。
「いや、いいって。自分で洗うから、それよりちゃんと温まれれよ」
「うん、ちゃんと温まるよ。兄さんの背中流した後にゆっくりと。だから、ね?」
拓の抵抗も全く気にせず、唯は拓の手を引っ張る。
「はぁ、わかったよ。ただし、背中だけだからな。前は絶対ダメだからな」
全く引く気のない唯の様子に拓は渋々浴槽から出る。
「ほらっ、これでいいか?」
「うん、・・・ほぇ〜兄さんの背中っておっきいね〜」
「うん?まあ唯よりは大きいわな。そういや唯、お前今身長いくつあるんだ?」
拓が後ろを振り返りながら聞く。唯はスポンジを泡立てながら
「えっとねぇ・・・確か148cmくらいだったと思うけど?」
と首を傾げながら答え、拓の背中を洗い始める。
「ふ〜ん、唯って確か中三だったよな。中三にしては背低くないか?」
と呟く拓に、身長の事を気にしている唯は当然
「む〜、そんな事ないもん。わたしだって高校生になれば綾乃さんみたいになれるもん」
と文句を言いながら唯は背中を洗っていたスポンジに力を込めて擦り付ける。
「な、なあ唯?ちょっと強くないか痛いんだけどなぁ」
「そうですか?わたしはこれくらいのほうがかえって気持ちいいと思いますよ」
痛みを訴える拓の言葉を怒りのひそむ笑みで流すと唯は尚も同じ力加減で擦り続ける
。 (この不気味なくらいに丁寧な口調と、あの引きつった笑みはどう見ても怒ってるよな。もしかして、さっきので怒ってるのか?)
正面の鏡に写っている唯の表情を見て恐る恐る
「あの〜唯さん?もしかしてさっきの発言を怒ってらっしゃいますか?」
と敬語を使ってたずねる。すると唯は
「どうして身長が低いのを指摘されたくらいでわたしが怒らなくちゃいけないんです?ありえない」
と答えながら、さらに力を込め背中を擦る。
「ぐあっ、い、痛いっ。唯、止めてくれ謝るからっ」
背中が赤くなるほどの力の入れ方に拓は遂に観念する。その言葉を聞くと唯は「フウッ」と息を吐きながら
「次に身長の事言ったらどうなっても知らないからね」
そう言って背中にお湯をかけて再び浴槽に入る。湯船の中の唯を見ながら拓が
(それにしても・・・中三でここまでスクール水着が似合うやつってのもなかなかいないよなぁ。まぁ、それもあの体型のなせる業ってとこだな)
などと考えているとと視線に気付いたのか唯が「・・何、見てるの?」と訊ねてくる。拓は冷静に
「え、いやずいぶんその水着が似合うと思ってな。俺はもう上がるけど、ゆくっりつかれよ」
とうまくごまかして浴室を出て行く。唯は拓の言葉の意味「スクール水着が似合う=子どもっぽい」には気付かずにそのまま拓を見送り、数分後に浴室から出るときにその意味に気付くのだった。


「ねぇ兄さん。部屋の片付け手伝ってくれるよね?」
風呂から上がり二人してリビングでくつろいでいると隣に座った唯が急に訊ねてくる。
時計を見てから
「確かに手伝うとは言ったけど、今からやるのか?別に明日でもいいんじゃないか?」
と拓は返す。同じく唯も時計を見て
「・・まぁ、そうなんだけど、明日学校に行くのにいる物とかいろいろあるし。ね、お願い」
と、なおも頼み込んでくる。
拓はしばらく唯と時計とを交互に見ながら考えていたが、持っていたコップの中身を一気に飲み干すとそのまま無言で唯の部屋へと歩いて行く
「あれっ?ちょっと兄さん待ってよ〜」
いきなりの事に状況について行けなかった唯だが、拓が部屋に入るのを見て慌てて後を追いかけて行った。


「さってと、今日のところはこんなもんでいいだろ。どうだ唯?」
少し前とは見違えるほど片付いた部屋で拓が言う。
「・・・うん、そうだね。もう遅いし今日はこれぐらいでいいよ。ありがとね兄さん」
一方唯は、部屋の中を何度も見回して満足そうに頷く。
その言葉を聞くと拓は「じゃあ、部屋に戻ってるからな」と言って出て行く。
唯は閉じられたドアをしばらく眺めてからベッドに寝転ぶ。
(はぁ、今日も疲れたなぁ。今日もいろんな所に行ったし、それに結構歩いたし。
 それにしても、おっきな学校だったな〜。明日からあそこに通うんだよね、・・兄さんと一緒に。 楽しみだなぁ)
唯は天井を見上げながら物思いにふける。
(そういえば、兄さんと綾乃さんずいぶん仲が良いみたいだけどほんとに恋人同士じゃないのかな?
 ・・・なんでわたしこんな事考えてるんだろ。・・・なんか変な感じがする・・なんだろこの感じ)
唯は自分でも気付かないうちに拓と綾乃のことを考え、自分でも知らないうちに嫉妬してしまう。
「・・もう寝ようかなぁ・・」
唯は言いながら立ちあがるとそのまま拓の部屋を目指す。
「兄さんまだ起きてるかな?」
そうつぶやいてドアをノックする。
―コンコン―
「・・兄さん、まだ起きてる?」
乾いたノックの音に続いて発せられた、ためらいがちな唯の呼びかけに
「ああ、起きてるぞ。入ってこいよ」
と声が返ってくる。唯は「うん・・じゃあ、入るね」と言ってドアを開ける。
「んで、どうした?」
部屋に入るとそう問いかけられる。唯はモジモジしながら
「えっとぉ・・・わたしもう寝るから、そのぉ・・・おやすみを言いに来たの」
と赤くなって答える。拓は唯に笑いかけながら
「そうだな、ゆっくり休めよ。おやすみ、唯」
と優しく言う。唯も笑みを浮かべて
「うん、おやすみなさい。兄さん」
と、うれしそうに言って部屋に戻って行った。


novelのtopに戻る